先週末休んでしまったので、今日からオフィスに戻り仕事しました。当面は学会の要旨書き、月の中頃過ぎにグラント申請の締め切りがあります。学内の仕事としてテニュア審査されるための書類を作成して提出する必要もあり、気づいたら「ぷよぷよ」で表現するとかなりブロックが積まれている状態な気がしてきました。
今日のニュース
500回以上の投与量の新型コロナウイルス・ワクチンを外に放置した薬剤師
病院勤務の薬剤師、接種予定のワクチンを意図的に放置
今月1日、ウィスコンシン州グラフトン市にて病院の薬剤師がモデルナ製のワクチンを常温で外に意図的に放置した罪で逮捕されました。瓶の数で57、投与量で500回分以上の量に相当するそうです。
The pharmacist, a resident of Grafton who was not identified, could face charges of first-degree recklessly endangering safety, adultering a prescription drug, and criminal damage to property.
(特定されなかったグラフトンの住民である薬剤師は、第一級の無謀に安全を危険に致らした罪、処方薬を乱用した罪、そして薬品特性に犯罪的な損害を与えた罪に直面する可能性がある。)
最初この記事を読んだとき、ただワクチンがもったいない、と思ったのですが、さらに続きがありました。
その薬剤師がワクチンを放置した理由
今日になって事件の詳細が出ました。
犯人の名前が匿名ではなく実名で紹介されていますが、それは話題の本質ではでなく、薬剤師の不勉強さに目が点になりました。アメリカの薬剤師って大学卒業後、プロフェッショナルスクールの薬学部に進み4年間在籍、卒業したらPharm.D.というドクターの一つを名乗るわけです。本来であれば専門的な話を一般の人に易しく伝えなければいけない立場なのに、理解しないどころか迷惑をかけるのか、とびっくりしました。本当は事実を知っていても政治的理念からワクチン普及を妨害した、という方がまだディプロマ(卒業証書)を出した大学は救われますが、本気で以下のことを信じているのなら、大学に戻って勉強し直した方がいいです。
In a probable cause statement obtained by CNN affiliate WTMJ, authorities say Brandenburg admitted to investigators he believed in conspiracy theories and believed “the COVID-19 vaccine was not safe for people and could harm them and change their DNA.”
(CNN系列のWTMJが入手した想定される理由に関する陳述書によれば、ブランデンブルク容疑者は陰謀論を信じていたことを捜査官に認めていて、”COVID-19ワクチンは人にとって安全ではなく、害を与えDNAを変える可能性がある “と信じていた。)
mRNAワクチンの私なりの解説
ワクチン接種が安全である、なしとか副作用の話なら議論の余地は多いにあると思いますが、ワクチン接種が人のDNA配列を変える可能性はないです。そもそもワクチン接種で導入されたmRNAは細胞内に入ってもDNAが存在する細胞核内には入らないからです。CDCの解説サイトを紹介します。
Understanding mRNA COVID-19 Vaccines
mRNA vaccines do not affect or interact with our DNA in any way.(mRNAワクチンがDNAに影響を与えたり、相互作用したりすることはありません。)
- mRNA never enters the nucleus of the cell, which is where our DNA (genetic material) is kept.
(DNAが保管されている細胞核にmRNAが入ることはありません。) - The cell breaks down and gets rid of the mRNA soon after it is finished using the instructions.
(細胞は指示に従ってタンパク質翻訳終了後、すぐにmRNAを分解し、処分します。)
生物をやってません、という方に説明すると、細胞は簡単にいうと2つの膜(敷居、と考えて下さい)に包まれていて、中は別々な異なる環境の空間となっています。2つの膜とは一番外側の「細胞膜(cell membrane)」と細胞核を囲む「核膜(nuclear envelope)」です。細胞膜の内側、核膜の外側の空間を「細胞質(cytoplasm)」というのですが、mRNAワクチンは細胞膜を通過しますが、核膜を通過しない設計になっています。DNAは核膜の内側、細胞核にあるのでmRNAワクチンとDNAが一緒になることはありません。
少し生物をやったことがある方ならわかるかと思いますが、mRNAを翻訳し目的のタンパク質(ワクチンの場合は免疫を誘導するスパイクタンパク質)の発現が行われる場所は細胞質、つまり核膜の外側になります。このことからもワクチンが効果的に作用するように細胞質にいるように設計する必要があることがわかります。
mRNAは安定しておらず壊れやすいものです。それだから-70℃(ファイザー社製)とか-20℃(モデルナ社製)で保存します。それが37℃の体内に入ったらどんな状況にさらされるか想像してみて下さい。mRNAワクチンを包む脂質ナノ分子(Lipid Nanoparticles:LNP)はどうにか細胞膜を通過することを助けますが、仕事をした後、さらに核膜を通過する術はありません。上に書いてあるとおり、mRNAの中に「仕事を終えたら分解される」仕組みが含まれているからです。私のイメージでは映画のミッション・インポッシブルで指令を聞くと自動的にそれが消滅(発火?)する感じです。
Why mRNA COVID Vaccines Can’t Change Your DNA
最後に一番簡単な話ですが、DNAとRNAはそもそも構成要素が違います。ヌクレオチド(nucleotide)、という言葉を聞いたことがある方はわかるかと思いますが、DNAとRNAでは構成する要素であるヌクレオチドが違うのです。したがってmRNA(もしくはmRNAワクチン)がDNA配列を変えることはありません。
結論
もっと理由があるかも知れませんが、上の薬剤師は少なくとも上の4つのうち1つでも理解していれば、ワクチンが体内のDNAを変える可能性があると考えることはなかったはずです。思考の停止か、職務上の怠慢かのどちらかです。どちらにせよ世界がパンデミックで苦しんでいる中、彼の行動は軽率で罪は重い、と私は感じます。
P.S. ワクチンの物理的な損失額は$8,500から$11,000だそうですが、今だとそれ以上の価値があるはずです。
Wis. Pharmacist Believed COVID-19 Vaccine Could Change People’s DNA: Officials
コメント