3日間1600マイル超のドライブ
2025年1月下旬に南部ルイジアナ州から北東部マサチューセッツ州に車で引っ越しをしました。大変でしたがいい思い出なので書き記しておきます。
Day 0ー引っ越し準備
転職先の企業が引っ越し費用を一部負担してくれる話だったので、今回主な引っ越しは業者さんに依頼しました。HRに言われた通り相見積もりを取り、提出。指示があったところに依頼をしました。バタバタしましたが、業者さんが入ってくれたお陰でどうにか予定日に出発出来ました。
引っ越し先ですが、インターネットで調べて直接申し込みをし、手続きを完了させました。ボストン付近は日系を含めて不動産屋さんがたくさん存在するようですが、他州と違って不動産屋さん経由だと紹介手数料(通常1カ月分)が発生する、というので、今回は(正しくは今回も)自分ですべて行いました。
家やコンドを買うときは不動屋さんならではの物件があるかと思いますけども、アパートの賃貸契約なら自分でやれます。一方で部屋を事前に内見できなかったのは悔やまれます。
Day 1ールイジアナからアラバマへ
前日引っ越し業者さんは荷物を載せた後すぐ先発したのですが、その後も部屋の清掃およびアパート大家さんにカギの返却、そして出る前のインスペクションがあったので、我々は翌日午後2時ぐらいまで出発出来ませんでした。
実はアメリカ東側全体(ルイジアナも含む)でその日から雪の予報だったので、当日少しでも北上して距離を稼ぐ予定でした。事実午後早い時間でルイジアナでも非常に寒かった(30F台)です。
しかし出発後バトンルージュでお世話になった方に最後の挨拶、そして簡単な食事をとりました。また車のロービームのランプが切れ、急遽交換が必要となりました。オートゾーン(AutoZone)に駆け込み購入、手が寒さでかじかむ中取付作業をしたためさらに時間をロス。その後頑張ったものの思ったほど距離は稼げませんでした。

出来ればアトランタを超えたかったのですが、その2時間前ほど手前、アラバマ州州都のモントゴメリー市のホテルに11時ごろチェックイン、1泊しました。距離にして約430マイル(約692 km)、経路としてはI-10を東に走った後、バトンルージュを超えてI-12に。スライデルでI-10に戻った後、ミシシッピ州を横切ってアラバマ州へ。アラバマ州モービルでI-65に乗り換えて北上しました。
Day 2ーアラバマからメリーランドへ
第一部
ワシントンDC方面に向かう道で一番近い経路はI-65ではなく、I-59からI-75とI-81を経る山岳ルートでした。ただ当日雪の予報が出ていたので、アパラチア山脈を通るより少しでも平らな海側を通った方がいい、と考え、海側ルートを選択しました。
すると当日になって家内がシャーロットでお世話になった人に会いたい、というので急遽アポ。運よくその郊外で落ち合えることになったので、まずはそちらに向かいました。

アラバマ州モントゴメリーを出てI-65でジョージア州アトランタまでは順調で、I-85に乗り変えた後のルートは大学院在籍中に散々使った道でした。最近でもサウスカロライナ州のグリーンビルで行われた学会に学生さんと来ました。途中住んでいた州都コロンビアに向かう道標が見えた時は本当に「懐かしい」と思いました。

約束をした場所はConcord Millsにあるというカフェ。シャーロットに近づくと週末なのに道は混雑していましたが、どうにか着いて友人と再会することが出来ました。
The Percantile and Creamery
8635 Concord Mills Boulevard, Concord, NC 28027
1時間ほどコーヒーを飲みながら話をして気分転換した後、確か夜7時過ぎにシャーロット出発をしました。明日NYCという都会を通過することを計算にいれると、今日は最低ワシントンDCの手前、出来れば通過しておきたかったので、夜も長いドライブすることを覚悟していました。
第二部
外は暗くなっていましたが運転を再開し、I-85をひたすら北に走りました。途中ノースカロライナ州グリーンズボロ、ダーラムと言う都市を通過しますが、その後が意外と長かったです。

バージニアに入っても外は真っ暗で周りの風景が全く見えません。林のような所を走っていた気がします。元々人口が少ない地域を走っていたようでガソリンスタンドがある間隔も長く、給油休憩が心配な区間を沢山通りました。雪もちらついていました。
どうにかI-85を東に走り切り、I-95に合流。この辺りでようやく明かりが増え、都市の雰囲気が出てきました。バージニア州州都リッチモンドが近くなると風景は一変、都会になりました。一方で道端に解けずに積もった雪が散見し始めました。
夜中の12時を回りどこで宿を取るか悩みましたが、いい塩梅の料金でホテルが取れず仕舞い。眠かったですがワシントンDCを通過(I-495→I-295→Baltimore Washington Pkwy)することにしました。行政区間だとバージニア州→ワシントンDC→メリーランド州を走ったことになります。
アレクサンドリアからワシントンDCは夜でも明るく、人や車が動いていました。実はこの日新しい大統領の就任式があり、Interstateの出口がバリケードや戦車で封鎖されている区間もありました。夜でも警備で人が配置されてました。恐らく普段以上に人が働いていたと思われます。
ワシントンDCを超えてまたホテルを探しましたが、取ろうにもどこも満杯。夜中2時を過ぎていたので適当にあしらわれたのかも知れませんが、見つかりませんでした。結局ボルチモア空港付近まで足を延ばしてようやく宿を確保、そしてすぐにチェックイン。その時には午前3時を過ぎていました。何でもいいからベットに入って休みたかったです。
2日目に走った距離は地図で824マイル。実際はガソリン、トイレ休憩などをしたり、道に迷ったりもしたので、850マイルぐらいかと思います。長かったです。
Day 3ーメリーランドからマサチューセッツへ
NYCは昼間ではなく夜に通った方がいい、と思い午後から出発しました。しかしやっぱり渋滞はしていて、ジョージワシントン橋を渡ってからは予定の進路を大幅に変更してナビの言う通りに走りました。
確かこんなルートを通ったはずです。本当は海側のI-95か15を使って住んだことのあるコネティカット州ニューヘイブンを通過したかったのですが、残念です。

メリーランド州からデラウェア州の区間は順調でした。有料のところがありましたが、現金で払えました。ペンシルバニア州に入ってフィラデルフィア通過も問題なかったです。
混み始めたのはニュージャージー州に入ってI-95がNew Jersey Turnpike(ここも有料、現金で支払い)という呼称と併用されてから。都会なので仕方ありません。今後も現金が必要になることに備えて一旦Fort Leeあたりで高速降りて銀行に寄ったのですが、それ以降現金で払える有料道路はありませんでした。前回書いたE-ZPassのみ受け付ける区間で、ない場合は後日郵送で請求書が来る仕組みです。
ジョージワシントン橋を渡った時には、都会に来たなぁと思いました。既に日が暮れていたので、夜景が非常に綺麗でした。
マンハッタン島に入った後、すぐに渋滞を避けるためにしばらく端っこの9Aを走りました。料金を支払った記録からHenry Hudson Bridgeを渡ってその島から抜けたことは確かです。その後はコロコロ変わるナビの指示に翻弄されました。どこをどう抜けたか分かりません。
推測ですが9で北上した後、なんらかの道を通ってI-684に合流してさらに北上、その後I-84で東に進路を変えてニューヨーク州とお別れし、コネチカット州に入ったはずです。コネチカットに入ってからI-84経由で州都ハートフォードを通過したことは確実なので。
コネチカット州は殆どが山道でしたが、時折いい規模の街に出くわしました。ハートフォードを通過したのもすごい久しぶり(20年以上前?)でしたが、それなりの灯りとビルがあり、こんな都会だったっけ?と思いました。休憩をとった後も暫くコネチカット内のl-84を走りました。
夜も深まったころ、漸くマサチューセッツ州に入りました。それでもボストン近郊までは遠かったです。よくよく考えればボストンはマサチューセッツ州の東端に位置するのですが、ルイジアナからの道のりを考えると、勝手に後ちょっとだと思ってました。
それだけにようやく遠くにボストンのビル群がようやく見えた時は感動しました。
ここまで来てももう数十分は走ったのですが、日が変わる前にようやく今回の旅最後のホテルにチェックインすることが出来ました。この周りにはかなりの雪が残っていました。
3日目に走った距離は地図で400マイル強になっていますが、渋滞でかなり進路を変えたので、450マイル程度は走ったはずです。距離はそれほどでもなかったのですが、予想した通り渋滞があって遠回りを強いられたので、時間的にその日のうちに到着できるか気が気でなかったです。
まとめ
以上、ルイジアナ州ラフィエットからマサチューセッツ州近郊への3日間のドライブ備忘録でした。非常に寒い中、1600マイル超を事故・故障なく無事に走ってくれた愛車に感謝です。
P.S. 実はこの週ルイジアナを含む米最南部で観測史上最高(最悪?)の雪が降り、フライトのキャンセルだけでなく空港が閉鎖されていたので、飛行機で移動していたら大変でした。大学キャンパスは1週間閉鎖でした。
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