ネットでの飛ばし記事に注意
インターネットや自動翻訳の発展により世界のニュースが速く、自分の言語で読めるようになっていますが、その弊害として真偽が確認されることなく拡散されることです。大きな新聞社だからとか有名なメディアだから、と言って鵜呑みにすると何が真実かわからなくなります。自分も気をつけていますが、特に重要なニュースは一次情報の生データを確認し、自分で解釈して判断することを強くお勧めします。もっとも私の場合結論が生データと一致していること、そこから導かれる提言や推論が過大でないことを確認するのが仕事の一部なので普段から物事を疑いすぎるきらいがあり、それによって人間関係がギクシャクすることがあることは否めません(笑)。なにごとも「加減」は必要ですね、反省します。
Foxの6/3付の記事
さて何でこんなことを書いたかと言うと、今日あるFoxの記事を読んだからでした。
- Germany’s coronavirus lockdown ‘not responsible’ for pandemic decline, study finds(ドイツでのコロナウイルス封じ込めはパンデミック減少に貢献してないことが判明)
タイトルで興味が湧いたので読んでみたのですが、Foxの悪いところは引用元がはっきりしないことが多いことです。上の記事は英国の「Telegraph」の記事をソースとしていましたが、このウェブサイトは会員にならないと読めませんでした。申し込めばデジタル版は1ヶ月無料、となっていましたが、今後読むとは思えないのでパスしました。気になるところはこのテレグラフ、以前も紹介しましたがイギリスでは一般紙ですが、政治的には以前から保守、かなり右寄りです。Foxと立場が似ているので、「おや」と思いました。
2次情報であるドイツ語の記事
仕方ないのでFoxの記事に出ていた論文著者と思われる方の名前を中心に、以下のキーワードでGoogleさんに聞いてみました。
「Ludwig Maximilians University of Munich Ralph Brinks lockdown」
すると興味深いことに検索三番目にドイツ語の以下の記事を見つけました。
ドイツ語がわからなくてもNeueがnew、Studieがstudy、Münchenがミュンヘンぐらい推測出来ます。ましてやShutdownはそのままです。この記事を読んでみるとテレグラフはこの記事の飛ばし記事であることが分かりました。何故ならドイツ語の記事は6月1日付、テレグラフは6月3日付です。つまりFoxはヨーロッパよりさらに遅いアメリカ時間の6/3付なので、飛ばしの飛ばし記事、となります。
ドイツ語の記事の1分節目を日本語にしてみました。こういう時はGoogle翻訳様の出番です。
Was haben die und die Bundesnotbremse im Kampf gegen das Coronavirus tatsächlich gebracht? Darüber gibt es seit Monaten Streit. Statistiker der Ludwig-Maximilians-Universität München sorgen mit einer neuen Studie für Aufsehen: In ihrem Bericht sehen die Forscher keinen unmittelbaren Zusammenhang zwischen den Maßnahmen und dem Infektionsgeschehen.
(閉鎖措置や連邦政府の緊急ブレーキは、実際にコロナウイルス対策としてどのような成果を上げたのでしょうか。これについて何ヶ月も前から論争がありました。ミュンヘンのルートヴィヒ・マクシミリアン大学の統計学者が、新しい研究で話題を呼んでいます。報告書の中で研究者たちは、対策と感染症の発生率との間に直接的な関係はないと見ています。)
ここで「Studie」という所にリンクがあったので、たどってみると原著が出てきました。ぱっと見これが一次情報であることが分かりました。
1次情報である研究報告
- CODAG Bericht Nr. 16(CODAGレポート第16号)
体裁を見ればすぐに研究者同士が査読して審査された論文でなく、恐らくただの研究報告です。これで信用度はガクッと落ちました。ここにある大学がどれだけ権威があるか知るよしもありませんけど。そもそもCODAGってなんだと思い、調べました。
上のページはドイツ語ですが英語に変換出来たので読むと、LMUの統計学科とデータサイエンス学科、そして生体医療情報を処理する計量生物・統計学科(IBE)の有志がパンデミック下で医療関係者や政治家にデータを提供し、社会貢献しようと立ち上げた組織とのこと。これだけ読めば政治的にどうこうはなく、数字に従ってデータを解析した、と言えそうです。
一応Foxの記事になっているRalph Brinksさんが書いた3章、Bewertung des Epidemie-Geschehens in Deutschland: Zeitliche Trends in der effektiven Reproduktionszahlの結論を読んでみました。もちろんGoogle先生のヘルプつきです。
結論:コロナウイルス感染症発生の時間的経過を確実に評価するためには,他の指標に加えて,有効再生産数(R値)を用いるべきである。報告された症例数や7日間の発生率とは対照的に、R値は検査行為と報告された陽性所見にほとんど依存しない。ロバート・コッホ研究所が日々測定しているR値については、11月2日のロックダウン・ライトや2020年12月16日のロックダウン引き締め、2021年4月末に採用された「連邦緊急ブレーキ」など、9月以降の措置との直接的な相関関係は見られなかった。
これを読む限りコロナ感染に関する統計で新しい数値(R値)を指標とすべき、と提言し、この数値から出来事を読むとロックダウンとこのR値に有意な相関が見られなかった、と言っています。確かに図を見ると日付が横軸、R値が縦軸なので、その有効性を述べているんでしょう。ただ問題はこの指標が一般に認められているかです。これは査読を経て他の学者も同意し論文にならない限り(なっても主流な考え方になるかわかりませんが)、あくまでも個人的な意見と変わりません。
ロックダウンは感染減少に寄与しない、という根拠
これが何故大きくなったかと言うと、この記事を読んだAfdバイエルンがすぐにフェースブックに「ロックダウンは不要だった」と投稿したためですが、このAfdという組織、調べるとドイツのかなり偏った新興右派政党です。
議席数は少ないものの、3年前保守の基盤であったバイエルン州で議席を獲得して勢いを増している党のようです。
そもそも1次情報に食いついた2次情報元のzdfって何なの?と思い調べたところ、ドイツの国営テレビ放送だそうです。バイアスチェックをかけると(もしこのサイトが正しいならば)報道にバイアスはかかっておらず、中立だという判定でした。
確かに上のリンクを読むとRalph Brinksさんはこう言っています。
Dass der Lockdown unnötig war, kann man so aus den Daten nicht sagen.
(ロックダウンが不要だったとは、データからは言えません。)
記事で言っていることも「判明したことはロックダウン対策の開始と感染症の発生率の低下が一致しなかった」ということだけでした。これはFoxでも同様なことが書かれていました。
じゃこじらせているのは何か、というとメディカル・ジャーナリストというChristoph Spechtがドイツのラジオで話した個人的なコメントをわざわざFoxもしくはテレグラフが(これは読めなかったので不明)締めに挿入したことです。
The number of infections fell because of vaccinations rather than the “emergency brake” lockdown Prime Minister Angela Merkel’s administration initiated.
(感染者数が減少したのは、アンゲラ・メルケル首相が行った「緊急ブレーキ」によるロックダウンではなく、ワクチン接種によるものである。)
これは1次情報の生データや報告そして2次情報にもないもので、意図的に3次、4次情報元が根拠なく推測で付け加えて読者を意図的に「ロックダウンは不必要」という印象をリードしたことになります。また記事の刺激的なタイトルもミスリーディングです。この行為からこれらのメディアが中立か、そうでないか、もしくは真実を伝えようとしているかどうかは、各自の判断にお任せすることにします。少なくとも当事者の統計学者は自分の研究報告がこのように世界を回っていることに違和感を覚えているでしょう。
まとめ
- Foxの「ドイツでロックダウンが感染減少に寄与していない」というニュースは少なくとも4次(高次)情報である
- そのニュースはニュース源となる1次、2次情報にない情報が意図的に付け足されて、生データの解釈が当初のものとは異なる方向に向かっている可能性がある
長くなりましたが以上です。日本語でも今後Foxやテレグラフようなニュースが拡散され、「ロックダウンが意味ない」といったようなフレーズが根拠なく独り歩きしないことを祈ります。